この記事の結論
実家のリビングには、今も骨壷と遺影が飾られています。あの子が亡くなってから数年が経ちましたが、正直に言うと、私のペットロスはまだ終わっていません。
この記事は「乗り越え方」を教えるものではありません。今も途中にいる私が、これまでの気持ちをそのまま記録したものです。
同じように、まだ悲しみの中にいる方に、少しでも寄り添えたらと思っています。
ペットロスは今も途中|最後の姿を、見ることができませんでした
終末期は、調子の悪い日が続いていました。
「もう長くないかもしれない」という連絡を受けて、亡くなる数日前にも会いに行っています。
それでも、心のどこかで信じていました。
毎日点滴して治療しているんだから、まさかそんなことないよね。また元気な姿が見られるよね、と。
その数日後の夜、あの子は実家のリビングで息を引き取りました。
私はその場にいませんでした。翌日、仕事が終わったら会いに行くつもりでした。
けれど夕方、父から連絡がありました。
その日のうちに火葬と供養を済ませた、という報告でした。
最後の姿を見ることも、お別れを言うこともできないまま、あの子は骨壷になっていました。
ペットロスは今も途中|実家に、帰れなくなりました
自分の目で見ていない死は、どうしても現実になりませんでした。
頭では分かっているのに、心が受け入れることを拒んでいました。
実家に帰れば、あの子ではなく、骨壷と対面することになる。
それは私にとって、「本当に死んでしまった」と認めることと同じでした。
だから、帰れませんでした。
あの子が亡くなったのは9月。次に実家へ帰ったのは、どうしても帰らなければならない、
年明けの元旦でした。
ペットロスは今も途中|めでたいはずの元旦に
初めて骨壷と向き合ったのは、めでたいはずのお正月でした。
家族が集まる明るい日が、私にとっては、あの子の死を受け入れなければならない日になりました。
その日から少しずつ、実家に帰ること自体はできるようになりました。
それでも、リビングの骨壷と遺影を見るたびに、たまらない気持ちになるのは変わりませんでした。
実家への足は、以前より遠のいたままでした。
ペットロス|同じ骨壷でも、家族それぞれに意味が違う
両親は、お骨を納骨堂には納めず、自宅で安置することを選びました。
そばに置いておきたい、という気持ちからでした。
両親にとって骨壷は、あの子がまだそばにいてくれる証なのだと思います。
けれど当時の私にとっては、あの子がもういないことの証でした。
同じ骨壷を前にしても、家族の中でさえ、受け止め方はこんなに違う。
ペットロスの形も、向き合うペースも、きっと人それぞれでいいのだと思います。
ペットロスは今も途中|記事を書いて、初めて気づいたこと
それから数年、私は悲しみに蓋をして生きてきました。
思い出さないようにすれば、悲しくならない。そうやって、気持ちに触れないようにしてきました。
そのことに気づいたのは、このブログで看取りの記事を書いた時です。
思い出す作業は想像以上に辛く、書きながら、自分がずっと蓋をしてきたことに、
初めてはっきりと気づきました。
今、思うこと
元気な頃の写真は、今もまだ直視できません。
それでも、書いてよかったと思っています。蓋をしていた気持ちに、少しずつ名前がついていくからです。
ペットロスに「いつまでに立ち直るべき」という期限はないと、今は思います。
数年経っても、まだ途中にいる。私のような者もいます。それでいいのだと思います。
同じ悲しみの中にいる方へ
もし今、悲しみに蓋をして頑張っている方がいたら。
無理にその蓋を開ける必要はありません。
ただ、「自分は蓋をしているんだ」と気づくだけでも、何かが少し変わるかもしれません。
私もいつか、あの子の写真とちゃんと向き合える日が来たら、
その時のことも、ここに記録したいと思っています。
写真をそのまま見るのは、まだ辛いです。
それでも、絵という形に変えたら、少し違う形で向き合えるかもしれない。
今、その可能性を探っていることを、ペットの写真を絵にして残す方法についての記事に記録しています。
:-水彩画風、暖色系(テラコッタオレンジ・ベージュ基調)。窓から柔らかい光が差し込む静かなリビングの一角に、小さな骨壷.png)
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