点滴通院から3週間。
その間も、できる限りいつも通りの生活を保とうと、家族で過ごしていました。
そんなある日の夜、いつものように病院から帰り、リビングのいつもの場所で眠っていました。
特別なことは何もない、いつも通りの夜のはずでした。
老犬の看取り|いつもの場所で、突然に
夜9時ごろ、父がお風呂に入り、母がそばにいる時間でした。
急に痙攣を起こし、そのまま息を引き取ったそうです。
あまりに突然のことで、両親も何が起きたのか、すぐには受け止めきれなかったと聞いています。
私はその時、実家を離れていました。まもなくして母から電話で報告を受け、状況を知りました。
あの日、あの瞬間にそばにいられなかったことは、今も心のどこかに残っています。
老犬の看取り|翌日、太宰府へ
翌日、父が自分のお墓を持っている太宰府のメモリアルパークに連絡したところ、
当日の受け入れが可能とのことでした。9月、まだ残暑の厳しい時期だったこともあり、
亡くなってから半日も経たないうちに、両親が車でそちらへ連れて行きました。
このあたりの詳しい流れは、太宰府での立会火葬体験で改めてお話ししています。
あれから数年、今も消えない後悔
あれから数年経ちますが、思い出すだけで今でも辛い気持ちになります。
正直、この記事を書きながらも何度も手が止まりました。
実家を離れていたぶん、「もっと会いに行けばよかった」「会いに行った時、もっと話しかけたり
撫でたりしていればよかった」「もっと良い治療法やケアがあったのではないか」。
振り返ると、悔やまれることばかりが浮かんできます。
同じように後悔してほしくないから
この気持ちを、忘れたふりをして過ごしてきたように思います。
でも、こうして文字にして残すことで、同じように老犬を見送る方の後悔が、少しでも小さくなればと思い、
この発信を決めました。
もし今、老犬と過ごす時間がある方がいたら、その時間を大切に。
私にできなかった「もっと」を、少しでも多く重ねてもらえたらと思います。
正直に言うと、この記事を書くために思い出す作業は、想像していた以上に辛いものでした。
書きながら、自分がこの数年間、悲しみに蓋をして生きてきたことに、初めてはっきりと気づきました。
それでも書いてよかったと、今は思っています。
この子との日々は、他の記事にも記録しています。
失明後の暮らし方や、
10年間のアレルギー治療、
最後の3週間の点滴通院もあわせて読んでいただけたら嬉しいです。

コメント